栗生神社(屋久島町栗生)の神幸祭である浜下りが、2月25日に行われた。
神社の行事としての浜下りは国内各地で見られる。その南限と言われる屋久島では、江戸時代初期から益救神社(屋久島町宮之浦)と栗生神社で行われてきた。益救神社の浜下りは4月29日の祝日に開催されるようになり、浜ではなく街中を練り歩く「春祭り」として知られるようになったが、栗生神社の浜下りは、規模は変わったといえ、400年の伝統を色濃く残している。
浜下りに先立って、栗生神社の社殿で40人ほどが参列して例大祭が行われた。献饌(けんせん)、祝詞、玉串奉納といった一連の神事の後、待機していたみこしに祭神を安置し、栗生集落の繁栄を願うという千軒(せんげん)太鼓の合図で浜下りの行列が出発した。道案内役の氏子総代(栗生区長)を先頭に、青と赤の王面(おうめん)、祭神を護衛する鎧かぶとの武者、幟(のぼり)旗の後に、台車に乗ったみこしが続く。栗生小学校の1、2年生による子どもみこしも続き、子どもたちの「そーれ、わっしょい」という掛け声が響き渡った。
浜にはササ竹を四角に立て、紅白幕としめ縄で三方を囲んだ場所が用意され、海に向かって置かれたみこしの前で神事が行われた。神様が年1回、新しい春を迎えるこの浜で潮遊びするのだという。潮風を浴び清まることで神様の霊力が更新されると考えられている。海神(わたつみ)の娘で竜宮に住むという豊玉姫が年に1度、栗生神社の祭神である彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと、山幸彦とも呼ばれる)に会いに来るとも伝えられている。
栗生集落は屋久島の南西に位置し、島で最も早く春が訪れる。栗生の浜下りは曜日に関係なく毎年2月25日に開催されるが、この日を境に春の陽気が感じられるようになり、それが島全体に広がる。かつては神事の後に浜の舞台で行う忠臣蔵の芝居など余興の人気もあり全島から見物人が集まった。現在は舞台が屋内に移ったが、集落内の組ごとに考えた出し物を、住民たちは楽しそうに鑑賞していた。