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屋久島で「青森ねぶた」運行 民間の交換ホームステイから始まった27年に及ぶ交流

内山龍星作「毘沙門天」。本番の「青森ねぶた」の半分の大きさ

内山龍星作「毘沙門天」。本番の「青森ねぶた」の半分の大きさ

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 屋久島で7月26日・27日、「青森ねぶた」の山車灯ろうが運行された。

思い思いに色付けした金魚ねぶたを掲げる子どもたち

 26日は5月に開庁した屋久島町庁舎(屋久島町小瀬田)の敷地で、27日は宮之浦川沿いの道路を通行止めにして、片道800メートルほどをゆっくりと往復した。

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 青森市長や「浪岡ねぶた会」のメンバーを含めた約30人が、青森から来島。ねぶた祭の踊り手である「跳人(はねと)」として青森市民と自由参加の屋久島島民が、おはやしに合わせ、「ラッセーラー、ラッセーラ」と声を上げながら、一体となって祭りを盛り上げた。

 屋久島での「青森ねぶた」運行は6年ぶり4回目。今回は、屋久島町の新庁舎落成を記念して、屋久島町や観光協会、商工会で組織する「青森ねぶた招致観光交流事業実行委員会」が招致した。

 「浪岡の子どもたちに夏の海を、屋久島の子どもたちに雪景色を」をテーマに、青森県旧浪岡町の浪岡中学校と旧上屋久町の一湊中学校の生徒の交換ホームステイが実施されたのが1992(平成4)年。民間で始まった交流は両町を巻き込み、これまでに350人ほどの中学生が、ホームステイに参加してきた。

 町村合併によって浪岡町は青森市に、上屋久町は屋久島町になったのち、改めて友好盟約を締結。交流は続き、この夏も3人の中学生が青森市から屋久島町にやってきた。 

 第1回の交換ホームステイに参加した浪岡出身の長谷川甲さんは、ホームステイが縁で知り合った屋久島出身の妻と子とともに一湊集落に暮らす。今回は、一湊の子どもたちにちょうちん型の「金魚ねぶた」の製作を指導。子どもたちも手作りの金魚ねぶたを掲げて、ねぶたの列に加わった。跳人として運行に参加した長谷川さんは、「屋久島町の行事になった今も、一湊集落への思い入れは深い」と始まりの地への思いを話す。

 屋久島の受け入れ家庭の中学生は、冬休みに青森行きを予定しており、両自治体の交流の歴史はこれからも紡がれていく。

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